ピアノの思い出

私は4歳から17歳までピアノを習っていました。
ピアノ教室で習う楽曲の練習はあまり好きではありませんでしたが、自分の好きな歌手や曲の楽譜を購入して弾くことがとても好きでした。
母とテレビドラマを見ていた時に挿入歌で「別れの曲」が流れました。

 

母は「この歌大好き」と言いました。
その日から私は「別れの曲」を練習して母に聞かせるようになりました。
母はとても喜んで、目をつぶって微笑みながら私のピアノの音色に耳を傾けていました。

 

そんな母を見るのが嬉しくて、「ノクターン」、ビートルズの「let it be」等、母が好きな曲をたくさん練習するようになりました。
私がピアノをやめて10年以上が経ち、家を新築する際にピアノも捨てました。
今でも時々無性にピアノを弾きたくなる時があります。

 

そんな時には決まって、たくさん練習した母の好きな曲たちの譜面が頭に浮かびます。
いつか私に子供ができたら、ピアノを習って母が好きな曲を母に聞かせて欲しいなと思っています。

 

 

 

子供にバイオリンを習わせていました。
5歳から、14歳までです。
幼稚園から、中学2年生までです。

 

苦しいことも悲しいこともバイオリンとともにありました。
熱心に、送り迎えをし、私なりに頑張りました。
しかし、受験が厳しさを増し、バイオリンをやめることにしました。

 

時々引くという約束でした。
まったくひきません。
約束違反です。

 

勉強が忙しいという理由からです。
子供が二人いるので、両方が上手になるのは、難しいようです。
どちらか一方がうまくなります。

 

下の子供は、1歳から、上の子供のレッスンを聞いていました。
それこそ、おっぱいを飲みながらです。
練習中はもちろん飲ませませんが。

 

そのせいかどうかはわかりませんが、下の子供は音楽のセンスがあります。
1歳から、生の音楽を聴いているのですから、耳がいいのです。
上の子供も、絶対音感があります。

 

音を聞いて、どれみふぁで歌うことができます。
しかし、下の子供のバイオリンにはかないません。

 

 

 

中学高校と6年間ユーフォニウムと一緒でした。
初めて見たときは、こんな楽器があったのかとびっくりするほどどっしりとしていて凄い存在感でした。
でもそんな大きい存在感とはうらはらに、音色はとても優しく温厚な印象を受けました。

 

一番の思い出はマーチングといって、楽器を演奏しながら形作り魅せるというものです。
大会に出場するために、基礎練から始めるのですが、軸がぶれないように歩くためにまずとても苦労しました。
やっと軸がぶれないようにあるけるようになり、楽器を持ちながら歩く練習が始まりました。

 

楽器をまっすぐにして歩く大変さと、身体を揺らさないように歩く大変さと二つを乗り越えるのに凄く苦労しました。
ついに楽器をまっすぐにし担ぎながら歩くのですが、楽器のベルをフロントに向けるのがとても大変でした。
でも不思議と練習は楽しかったです。

 

やるたびに得られる達成感は本当に疲れも吹き飛ぶものでした。
大会でも金賞をおさめることができ、素晴らしい思い出です。

 

 

 

僕がギターを弾いてみたいと思ったのは高校三年生の頃でした。
それまでバスケットボールを愛していた僕がそう思ったきっかけはthe pillowsというバンドとの出会いでした。
ボーカルとギタリストがギターをかき鳴らす姿がとにかくかっこよく、大学に合格したらギターを買ってサークルでバンドを組もうと決めました。

 

大学一年の頃は全然ギターは上達しませんでした。
ギターが上手くなりたいなら難しくても、とにかく自分の好きな曲を練習することが大事なことに気が付きました。
自分の歌に自信が無くて、始めはギタリストになりたいと思っていましたが、ボーカルが見つからなくて、歌うようになってからはずっとギターボーカルを務めています。

 

今では歌うことも好きです。
自分で曲を作るようにもなりました。
曲を作るときもギターが不可欠です。

 

鼻歌で曲を作ろうとしたこともありますが、コードを鳴らしてメロディーを作る方が気に入る曲を作ることができます。
これからもできるだけ長い間ギターをかき鳴らしていければ幸せです。

 

 

 

小学生の頃、器楽部に入っていました。
担当楽器はアコーディオン。
小学生の私にはアコーディオンというとブカブカした音の出るかっこ悪い楽器というイメージが強くて嫌でした。

 

それに重くてベルトは肩に食い込むし、鍵盤が縦方向に並んでいて弾きにくいし。
なので友達のフルートやコントラバスがうらやましくて、練習にも身が入らずいつも怒られていました。
ある日のことでした。

 

コンクールの課題曲を練習をしていた時に先生が「たまには自分たちの音を聴いてみろ。
」とこっそり録音していたものを流してくれました。
それを聴いてビックリ。

 

いつも聴いている音と違って自分のパートはハッキリ聞こえ、コントラバスやフルートの音は一部分だけしか聞こえません。
確かにアコーディオンの音は大きいし、常に弾いていますから聞こえて当たり前と言えば当たり前。
なぜ先生があんなに細かいところまで指摘したのかやっと分かりました。

 

それからは熱心に練習をして、コンクールでは胸を張って演奏できるようになりました。

 

 

私が大学生のときに一人のピアニストと出会いました。
それはアルゼンチンの女流ピアニストであるマルタ・アルゲリッチ。
美しい美貌でありながらそのダイナミックな演奏とかなり難しい協奏曲を肘からしたの動作だけで簡単に弾きこなしている様子をyoutubeでみて依頼私の憧れのピアニストです。

 

元々ジャズピアノが好きで様々聞いていたのですが、クラシックピアノは初心者であった私にとって、クラシックでもこのような弾き方をするの人がいるのかと圧倒されたものです。
どうやら日本には何度か来ているようですが、私はまだ一度も彼女の演奏を生で聞いたことはありません。
3年前の講演もキャンセルになったりと身体の具合も良くないのでしょうか。

 

動画を見ると70を超えた今でもその演奏は衰えをしらないようでした。
ここ近年は室内楽に熱心のようで彼女のソロコンサートというのはあまり開催されていないようです。
何とかアルゼンチンに行ってでも彼女の演奏を見てみたい。
そう考えています。

4歳から中学2年生まで習っていました。
最初は、親が、「近所の子がやり始めたから」と軽い気持ちで始めさせたようです。
家の近くに個人で教えてらっしゃるところがあったので、そこに通いました。

 

好奇心旺盛な4歳だったので、楽しくて、どんどん覚えていきました。
転勤族だったので、転勤のたびに個人で教えている先生を親が探して通い、結局4か所通いました。
集団で教える教室もありましたが、個人の方が個々のレベルに合わせてくださるので、親もそれを選んだようです。

 

習っていてよかったと思うのは、幼稚園でもいじめられたり、自己主張も弱く、自分に自信のない子供だったのですが、ピアノを始めると、自分に「ピアノ」という特技ができたので、自信がついたことです。
小学校ではとくに、ピアノができる子は発表会や行事で重宝されることが多く、そこで伴奏に選ばれたりすることで、自分に自信がついていきました。
高校受験を前に、練習の時間がなくなりやめましたが、そこでついた自分への自信が、その後の人生にもプラスになったと思います。

3歳から10年間習い続けたピアノ。
物心ついた頃にはすでに生活の一部となり、毎日のピアノの練習は日課となっていました。
私は発表会やコンクールに出るのが好きだったので、年に1度ずつの発表会とコンクールの為に日々練習に励みました。

 

小学校高学年の時に、コンクールで地方予選を通過し、東京の本選に出場した時には、2度目の東京ディズニーランドに連れてってもらったことが、大人になった今でも記憶に残っています。
東京の本選では、ピアノを演奏する順番が350人中まさかの2番。
え?という感じでしたが、2番だったせいか、プレッシャーもなく、緊張せず演奏し、自分のベストを尽くせました。

 

入賞こそしませんでしたが、本選出場というだけでとても嬉しく、毎日のピアノの練習にも熱が入っていました。
しかし…東京本選に出場したことで、ピアノへの熱が少し冷め、来年は中学生になろうかと言うときに部活がしたい!と親に相談し、ピアノを辞めることに。
それからは、クラッシックから、JーPOPやジャズへ移行し、子供が興味が湧けばいいなと今でも3歳の息子を膝に乗せ、たまに演奏します。

子供にピアノを習わせています。
案外と、覚えが早く、ピアノ演奏家の才能を発揮しています。
というのは、ピアノの早弾きが得意で、難なく難しい曲を弾いてしますのです。

 

まだ、数年しか習っていないというのにも関わらず。
自分もやってみましたが、到底無理でした。
楽譜がどこでどうなっているのか分かりません。

 

やはり、楽器だけは、小さいうちに習わせておいたほうが良いように思います。
貴婦人の乗馬など、軽快な曲もあっという間に弾けるようになり、練習曲を聴いていて、エアコンをつけていると、うっとりと眠ってしまうぐらいです。
私の癒しの時間です。

 

楽器の演奏は、そう一朝一夕にできるものではありません。
時間がかかります。
ある程度まで、曲が弾けるようになると、家族もあとはうっとりと子供の演奏を楽しませてもらうだけです。

 

うちではそれができるようになりました。
それまで、練習は、雑音も入りましたが、個人ピアニストの演奏は私の大事な憩いの時間です。

私は6歳からピアノを習い始めました。
お隣さんのピアノの音色に興味を持って、私もピアノを弾けるようになりたいと思ったからです。
快くピアノを買ってくれた両親に今でも心から感謝しています。

 

経済的に習わせてもらえなかった友人もいたからです。
ですので、私は恵まれていると思います。
私はピアノの発表会に出るのが大好きでした。

 

それは、普段練習している家のリビングや先生に教えていただくレッスン室に比べると、はるかに大きく広いせり上がりのホールで演奏することができるからです。
舞台袖で待機する時間も大好きでした。
あの緊張感がワクワクしてたまりませんでした。

 

ピアノの発表会では、楽譜を見ないで暗譜で演奏するのが基本スタイルなので、舞台袖にいらっしゃる先生に発表会で弾く楽譜を預けて、もしも弾いてる時に曲の途中で忘れてしまってどうしようもなくなってしまったら先生が楽譜を持ってきてくれるということでしたが、私は一度も止まることなく、忘れることなく演奏することができたので、毎日たくさん練習してきてよかったと発表会後に思うのでした。

 

 

子供の頃、ピアノを習っていましたが、もう20年以上鍵盤に触れておらず、自分にはピアノは関係ない存在だと思って過ごしていました。
子供がアニメの曲を弾きたいというので、小さいエレクトーンを購入したのですが、古い譜面を引っ張りだして鍵盤に向かってみたものの全く指が動かず、家族にも「ママ、本当にピアノやってたの?」と言われる有様だったので、すっかりあきらめていました。
ところが先日、ドライブ中に立ち寄ったサービスエリアで地元企業の商品が置かれているコーナーに高級電子ピアノがあり、ヘッドホンを当てて恐る恐る弾いてみたら、ツラツラと指が動いたのです。

 

譜面も何も見ていないけれど、最初の2フレーズくらいを一気に弾き終えて気分爽快になりました。
子供が寄ってきて、からかい半分にヘッドホンを当てて私に弾いて!と言うので弾いてあげたら、目を丸くして驚いていました。
なんとも気持ちがよくて、またピアノをやりたいという気持ちがムクムク湧いてきました。
高級なものは無理だけど、できるだけ本物に近い手触りの電子ピアノが欲しくなりました。